ミフネ家具

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TRIVIA

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寝具であるベッドやマットレスは人生の1/3を過ごす場所と言われています。
もちろん、体格・年齢・お好みなどによって最適な睡眠環境はそれぞれ異なりますが、
できるだけ良い環境でお休みいただけるよう、ミフネ家具独自の目安をご案内させていただきます。
少しでもご参考になれば幸いです。

理想的な寝姿勢は立っている時の姿勢でそのまま横になった状態です。
特に首・腰など身体の凹んでいる部分をちゃんと支え、S字を保ってくれるスプリングを選択することで肩こり・腰痛の予防になります。
現在肩こり・腰痛に悩まされている方などはマットレスを見直すことで症状の改善をしましょう。

人は個々によって体重や体型が大きく異なります。個々に合うマットレスを選びぬくのがポイントです。
マットレスは、必ずしも値段が高いから寝心地が良いとは言い切れません。ミフネ家具ではお客様に合ったマットレスを選ぶために細かくヒアリングをさせていただき、
ご対応をさせていただきます。

選び方のステップ

赤ちゃんが生まれて、初めて迎える節句を初節句といいます。
三月三日の雛祭りがこの日にあたり、正式には上巳(じょうし)の節句といいます。
それは、古来中国から伝わった三月の初めの巳(み)の日という意味からですが、ちょうど桃の花が咲くころでもあり、
お節句を祝うのにふさわしいことから、今では桃の節句という美しい名で親しまれています。

【ひな人形の由来】
平安時代には、出産の際の死亡率が高かったので、命を持っていかれないよう、枕元に身代わりの人形を置く風習がありました。人形(ひとがた)とは、身代わりという意味。この風習は、自分の災厄を引き受けてくれた人形を流す「流し雛」へと発展し、今も残っています。
また、ひな人形のひな(ひいな)とは、小さくてかわいいものという意味があります。平安時代、宮中では「紙の着せ替え人形」で遊ぶ「ひいな遊び」が行われていました。
室町時代になると、上巳の節句が3月3日に定着。紙のひなから、豪華なお雛様を飾るようになり、宮中で盛大にお祝いをするようになったのです。それが宮中から、武家社会・裕福な家庭や名主の家庭へと広がっていき、今のひな祭りの原型が完成しました。段飾りが飾られるようになったのは、江戸中期のこと。昭和に入ってから、今のようなひな人形の形になりました。
【ひな人形はいつから飾る?】
ひな人形を飾る時期は地域や家庭によっても異なりますが、一般的には節分、立春を過ぎた大安、友引に飾る人が多いようです。また、「雨水の日」(2月19日または20日)もおひなさまを飾るのにふさわしいといわれています。 おひなさまは子どもを厄から守ってくれる守り神のような存在であり、節句の前日に慌てて出すことは、「一夜飾り」といわれ、縁起が悪いとされてきました。 ひな祭りは3月3日で終わってしまうので、2月19日に出すとなると、1ヶ月も経たないうちに片付けることになります。もし日にちを気にしないようであれば、早めに飾るほうが長くおひなさまを楽しめるのでおすすめです。初節句の場合、前の年の暮れから飾るご家庭もあるそうです。

男子の勝運、成長を願う祭礼として、永い歴史の中でお飾りの様式が磨かれてきた節句人形。
ミフネ家具のお飾りは端午の節句の変遷を見守り続けた伝統様式を取り入れた五月人形です。
伝統の製法によりこしらえた高い美意識と祈願の心が深く息づくお飾りは、精緻壮麗な五月人形として人々の心を魅了してきました。
大切なお子さまの一生を祝う節句人形だからこそ、一つひとつのお人形に真心を込めて丁寧にお仕度しています。

【端午の節句の意味】
現代では「こどもの日」として祝われる5月5日。この日はもともと五節句の端午の節句にあたります。端午の端は「はじめ」という意味で、「端午(たんご)」は5月最初の午(うま)の日のことでした。それが、午(ご)という文字の音が五に通じることなどから、奈良時代以降、5月5日が端午の節句として定着していきました。江戸時代に入り、勢力の中心が貴族から武家に移るとともに、「菖蒲(しょうぶ)」の音が、武を重んじる「尚武(しょうぶ)」と同じであることから、「端午の節句」は、「尚武(しょうぶ)」の節句として、武家の間で盛んに祝われるようになりました。この節句は、家の後継ぎとして生れた男の子が、無事成長していくことを祈り、一族の繁栄を願う重要な行事となったのです。3月3日のひなまつりが、女の子のための節句として花開いていくのに呼応するように、5月5日の端午の節句は、男の子のための節句として定着していきました。鎧や兜を飾ることは、武家社会から生まれた風習です。身の安全を願って神社にお参りするときに、鎧や兜を奉納するしきたりに由来しています。鎧や兜を“戦争道具”と受け取る考えがありますが、武将にとっては自分の身を護る大切な道具であり、シンボルとしての精神的な意味がある大切な宝物でした。 現在は鎧兜が“身体を守る”ものという意味が重視され、交通事故や病気から大切な子どもを守ってくれるようにという願いも込めて飾ります。鯉のぼりは、江戸時代に町人階層から生まれた節句飾りです。鯉は清流はもちろん、池や沼でも生息することができる、非常に生命力の強い魚です。その鯉が急流をさかのぼり、竜門という滝を登ると竜になって天に登るという中国の伝説にちなみ(登竜門という言葉の由来)子どもがどんな環境にも耐え、立派な人になるようにとの立身出世を願う飾りです。

【五月人形の由来】
昔、武士の家に男の子がうまれると、玄関前に兜や人形などを飾り、幟や吹流しを立ててお祝いしていたそうです。また、その子が初陣を飾るときの為に、鎧を新調する風習がありました。五月人形は、それが合わさって、時代の移り変わりと共に規模が小さくなり、屋内に飾られるようになったものと言われています。

【こいのぼり(鯉のぼり)・登竜門の由来】
こいのぼり(鯉のぼり)の由来は、鯉が「龍門」という急流の川をのぼると龍になって天へ登るという中国の伝説からきています。健やかな成長と立身出世を願うご家族の温かいまごころです。こいのぼりを立てることは、男児の誕生を天に告げ、その守護を願うための目印ともされています。